kdenologue

たまに何か作ります。

2016/11/21 今日このごろ

最近、腑抜けた感じがする。
やる気が出ない。

軽く自己紹介をすると、

  • 中学高校と電子工作やる部活にいて
  • そのまま大学でもそれ関連でサークル活動したりアルバイトしたりといった活動を続けている理工系単科大学・学部2年生

とりあえずこの程度。

近況としては、

  • 電子工作があまり楽しくない
  • はんだ付けは別に苦じゃない
  • 設計もしろって事になったらやる
  • アルバイトで開発を引き受けることに特に抵抗はない
  • 自分のアイディアで自分で実装するってのに対してモチベーションが沸かない
  • プログラミングも然り
  • とにかく技術系製作欲が湧いてこない

これ、いわゆる内発的モチベーションとやらものが死んでるのでは?????

  • やる気に任せた人生は甘えなのでは
  • やるひとはやる気に関係なくやるのでは
  • 自分のやりたいことってなんだろう
  • 目標がほしい
  • 目標に向かって努力を続けていられる人に憧れる・羨ましい・妬ましい
  • 今手元にある技術・これから身につける技術はなんのためにあるんだろう
  • これから何を学べば良いのだろう
  • やりたくないことはたくさん
  • やりたくないことは、自分にとってやらなきゃいけなくなったときに多分やる、後回し
  • 自分にとってやらなきゃいけないことってなんだ
  • なにがしたいんだ
  • なにをめざすんだ

一番の原因は(悪い意味で言ってるわけではない)、先月やったとある基板の設計開発のアルバイトだろう。規模は詳しくは言えないがまあ僕程度のArduinoや他メジャーマイコンで多少の経験があればどうにかなるかなってくらいの5cm四方の基板。知識も増えたし、完成は嬉しいものであった。ちなみに給与も良い。

当然ながら作業時間も必要とされ、先月の労働時間は他のバイトも合わせて100時間くらいあっただろう*1。今回の開発はその半分を超える時間を必要とした。契約上そうなるべきだし、そうなった。そして、ふと考えた。

「これこのまま何年もやるの無理じゃね?????????????????」

雇用主や案件を非難するつもりはないし、またアルバイトの話が来たら受けるつもりでいる。問題は、「自分は思っているより電子工作の流れが好きではないのでは?」という疑問が生まれてしまった点。

この疑問が生まれたことは実はすごいショックで。今まで好きでやってきたと思っていたことが、いざ思いっきり時間をかけて取り組んでみると実はそんなに楽しいと思えないような気がしてくる。おそらくこれは誰にでも訪れる関所で、今まで自分は逃げていたのだということはこれ以前から重々承知だ。そのつもりだった。が、思ったより重かった。

電子工作が楽しくないかもしれないという疑問は、時が解決してくれるだろうきっと多分。でも、まだ課題は残っている。そもそも作りたいと思うことができない問題を解決しても、何を作るか問題が残る。どうやって作るか問題は、これもきっとそのときの自分がなんとかするだろう。しかし、その自分はその前に何を作るか問題を乗り越えなければならないはずで。

きっとこれも、時間が解決してくれるのだろう(投げやり)。ただ、クローズドで生きていると多分日が当たらなくて思考が枯れるので、大学の研究室をなんとなく漁って見たりたまに論文を探して見たりハードウェアスタートアップのクラウドファンディングの製品を見てみたり。

目指したい方向が全く首尾一貫していないかというとそうではなくて、作るならやっぱりハードウェアみたいな実態があるものがいいし、使ってる技術が最先端である必要は感じてなくて、ちょっと新しくて面白いものを生み出したい。そういう発想力がほしい。先輩チームにお世話になってハッカソンに数回出た影響もあるかも。製造そのもよりはデザイン(と設計の一部)みたいな上の工程がいいのだろうか。ハンダ付けとアートワークや実装用の設計は誰かにやらせることができても、種までは誰かにやらせることはできない(やらせたらそれは自分のではなくない?違うかな)。となると、あまり目新しい言葉ではないが「モノづくり」ではなく「コトづくり」がいいのかもしれない。じゃあどんなコトがいいの、何を面白いと思うの、ということで問いがストップしていると思われる。

漠然としたモラトリアム的不安感と、5月病的なアレだと思うが*2、まあこの2ヶ月弱はこんな感じです。最近の夢は、ある時すべての思考が一つにまとまって、涙しながら世界の美しさを詩で受け取れるようになることです。うそです。

*1:普段は合計30時間/月程度

*2:要はこれだ